HOME > 工務店仲間づくりはじめました

2015.08.07 工務店の仲間づくりをスタートしました。

 
テーマ:
家をつくったり、リフォームをしたりすることは、なかなか、結構、苦労のいることだ。建て主も苦労するし、家を仕事としている側も大変なことが多い。
マンションや建売住宅のような既製品、お任せ住宅で我慢できるのならば、苦労はぐっと少なくなるだろう。選ぶことと入居後の生活を与えられた間取りや建物に合わせていく努力ですむ。もっともその分入居してから、何か違う、こんなはずではなかったと悩んでしまう方も結構いる。人はどこかで苦労するようになっているのだろう。

このブログではしばらく、作り手の立場やら、住まい手の立場やら、こうしたらいいのでああしたらと言いたいおせっかい者の立場やらで、家づくりやリフォームの四方山話を、イロイロあれこれ何だかんだと思いつくままに話してみたくなった。
一応38年、各地のさまざまな工務店や設計者そして職人そして多くの住まい手と接してきた、そんな経験やそこからの思いなどを、屁理屈たっぷりに、感じるままに、遠慮しいしいストレートに語っていこう。
工務店など作り手に向かって話しているのか、建て主や住まい手に話しているのかは、あるいは馬鹿の独り言なのかは、文章を読んで判断していただければ有難い。と、最初から無責任路線か。
では次からは少し具体的な話でお目にかかりましょう。


 
テーマ:
家づくりのパイがどんどん小さくなってきている現在、多くの工務店が抱えている悩みはこれだろう。
「自分なりの何か訴えられる特徴を持たなければ、これからはやっていけない廃業するしかないかな。」
どの時代にも共通した問題だが、家づくりの中心が大手住宅メーカーにますます集中してきている現在、地元の工務店がこれまで通りのやり方ではうまくいかなくなるのは当たり前のことだろう。
業種に関らず、どの世界でも特徴なき者は滅び、繁栄している者は必ずその人なりの誇るべき特徴を持っている。
食べ物の世界でも商店街でも流行っている店はそうだ。大小問わずその原則は当てはまる。
「うちは小さい工務店だから仕方ない無理なんだ。」なんて思っているあなたは、それだけで敗者だ。その考え方から抜け出せないようであれば、傷の浅いうちに廃業した方が身のためといえる。
さあ、どうしようか。


 
テーマ:

前回、何らかの特徴を持たない工務店は淘汰されていくと書いたが、その工務店の特徴を考えてみたい。
工務店の仕事は、家づくりやリフォームだ。工務店が繁栄していくということは、コンスタントに注文をしてくれる建て主が現れることでしょう。そのためにはそれだけの特徴がなければそうはいかないということ。
あなたがとても魅力的な人で会う人を魅了し、あなたに頼みたいと思ってくれるならば、それが最大の特徴。
目指すべき特徴であるが、一方で家づくりやリフォームは技術でもある。人間的にいくら魅力的であっても、技術の中身も伴っていなければ簡単に注文というわけにはいかないだろう。
人と物ともに魅力的でなければ、という大変なことになったが、人・物とくればあとは金だ。建て主はとても大きなお金を使うわけだから、頼む先つまり工務店が金銭的にも安心できなければ心配でたまらない。
人・物・金すべてが頼み手から見て安心・魅力的でなければということになる。
何やらとても大変なことになった。
とても無理だと思った人も多いかもしれない。
でも一息ついて安心してください。
人・物・金すべてが揃いとても魅力的なんて会社は大手でも小さい工務店でもそんな簡単にはいかない。そこが人間社会の面白いところだし、あえていえば家づくり業界の楽しいところだ。
家づくりやリフォームは大手と小さい工務店が堂々と張り合える仕事だ。小さい工務店はその張り合えるための特徴をもてばいいということになる。
それならば何とかなりそうだ。そう思いませんか。
これからそうした観点でしばらく書いていきたいと感じている。暑い夏ゆっくりといきましょう。

 
テーマ:

自分の気持ちですべては決まる。
これは今さら言うまでもなく当たり前のことだ。

でもこの気持ちは揺れ動きなかなか力になってくれない。逆に足を引っ張ったりもする。

「何とかしないと。このままでは駄目だ。」
「そうだ、これをしよう。こいつはいい。さあガンバるぞ。」

「やっぱる駄目か。」
「このままでも何とかなりそうだから、よしとするか。」
「いや、やっぱり何とかしないと。」
・・・・・
・・・・・・・
とエンドレスの心の葛藤に陥ってしまう。
だれでも経験している心の内側かもしれない。
この葛藤が始終心の外側に出てしまったら、なかなか辛いことになる。
人もついてこなくなるだろうし、何よりも自分自身が辛いことになる。

これはいいと感じた直感は多くの場合当たっている。
それを具体化し行動に移せるまで高めることができれば、それは続けていくべきものかもしれない。
続けていくのには自分の気持ちが続いていかなければならない。
自分の気持ちが続いていくための最善の環境は理解してくれる人の存在であろう。
賛同してくれる人がいることが大きな励みとなる。
自分の進む方向をいいと言ってくれる人の存在はありがたい。
ともに同じ方向に歩いてくれる人がいれば最高だ。

こうして自分の気持ちは継続していく。
こうした自分の気持ちが存在できるのならば、すべては自分の気持ちで決まると言えるのだろう。
そしてそれはスタート台に立ったに過ぎない。

長い・・短い・・人生。じっくりたゆまずゆっくりと行くしかないか。

 
テーマ:
現状を打破したい乗り越えたいと願っているならば、動くことが必要だ。じっとしていてもだめでしょう。果報は寝て待てというわけにはいかない。

何かを始めなければ何も始まらない。

こんな当たり前のことができずに何もしないで時間だけが経過してしまう方が多いのには驚かされる。座して死を待つ、そんな覚悟でやっているわけでもあるまい。なんとなく時間がたちいつのまにか終わっている、そんなずるずるした人生はやめたいものだ。

とはいえ、こんな感覚はどんな人にも訪れることがある。ただ多いか少ないかだけだと思う。えらそげに語っている私も結構この怠惰感、一種むなしさに襲われることはままある。
それでも心を入れ替えて動くしかない。やるしかない。

ここは工務店の話。
何とかもう少し受注が欲しいと願うならば、動きましょう。何かをしましょう。
何をするかはあなた次第。

実際は何をするかで無駄な動きになってしまうことも多いのだが。それでも動かなければ始まらない。さあどうしましょう。

私でよければ雑談相手くらいにはなれますよ。


 
テーマ:
地元の工務店は特徴となる武器を持たなくてはやっていけない。
当たり前のことだが、実際に武器を手に入れようとしたら、とても難しいことだ。

武器を特徴と置き換え、特徴をほかの人があまりやっていないこと、と考えたらまずできっこない。
住宅業界もどんどん行政の締め付けが強くなってきているし、ますますその力は強まるだろう。
それにそのまま素直に乗っていくこと自体も、相当に勉強していかないと大変なくらい簡単なことではないが、さりとて、頑張って行政についていくだけでは、何ら変哲もない一般的な工務店になるだけだろう。大手であれば違う武器がたくさんありそうなのでそれでもいいだろうが、地元工務店では、それだけでは心もとないばかりだ。それだけでは単につまらない普通の印象しかない。

材料がいいだけでは魅力がないし、腕自慢だけでは昔の工務店的印象だ。安いだけではやがて立ちいかなくなるし後継者もいやになるだろう。

家づくりは、まず人間そして設計・デザイン・施工・材料そして何か特徴ある技術の整合性がとれて、しかもそのレベルが高くないと魅力的とはいえない。当然コストもある。
そんなことが地元工務店単独でできるとは思えない。
でも安直にフランチャイズに参加しても逆効果かもしれない。
ゆとり資金もない。
考えれば考えるほどどん詰まりになっていく。
何も考えずにこのままいこうか。ケセラセラ気分。

でもこんな風に悩んでいる方は、とても可能性のある方ですよ。
そんな方とお話してみたいですね。可能性が具体化するかもしれませんよ。

 
テーマ:
工務店の特徴の話が続いているが、具体的にそれは何かという前にもう少し考えてみたい。
いろいろな特徴をただ並べて、これもできます、あれもできます、それだってできます。すべてをカバーすればどこかにお客さんが引っかかるのではないかと思っているような打ち出しをしている工務店を時々みる。
ある意味では超大手のミニチュア版を狙っているようだ。そのことにとやかく言う気はないが、ここでは小規模の地場の工務店を頭に描いている。仮にこのデパートのような作戦がいいとしても、小規模の工務店ができる可能性は少ない。やったとしても苦労だけして成果は極めて少ないのが落ちだろうし、資金も減少するだろう。

やはり身の丈に合わせて作戦が必要だ。
地元工務店の良さは個人の顔が見えることだ。ということは工務店の魅力は個人の魅力とも言える。個人の魅力をとりあげるときりのない話になってしまうが、ここは家づくり・リフォームの話。
それを前提にすれば、魅力の内容は絞られてくる。

まずは嘘をつかない誠実な人。
そして矛盾がなく一本筋の通っている人。
頑固でなく柔軟性のある人。

こんな感じになるのではないだろうか。そして肝心なのは家づくりやリフォームはやはり技術である。その提供している技術が矛盾なく整合性がとれているか、一本きちっとした筋が通っているかということが求められる。そして実はこれが難しい。工務店にかかわらず住宅業界の現状は矛盾だらけ、筋はバラバラと言える。
だからこそ、こんな現況だからこそ、地元工務店が身の丈に合った、一本キチット筋の通った技術を手に入れ、それを軸に会社運営も一本筋を通せば、思いのほか伸びるのではないか信じている。
そんなお手伝いをこれからはメインの課題にしていこうと考えている。興味のある方は声を掛けてください。


 
テーマ:
「流れる空気にふれさせる」
私が長年追求してきた家づくりの一本の軸。

「流れる空気にふれさせる」この軸で
間取り
工法
自然素材
家族の生活
そして
建物を腐らせない
何十年と便利に暮らせる
自然に暖かくそして涼しい
湿気の害がない、バランスのいい湿度が自然に保てる
自然のエネルギーが使える
家族のいいふれあいが保てる
など
健康に快適に気持ちよく暮らせる知恵が「流れる空気にふれさせる」というキーワードにたっぷりと含まれています。

「流れる空気にふれさせる」この軸で工務店の繁栄を追求しています。
いい工務店は風通しがいい!

 
テーマ:
地元の工務店が頑張れなくなると、日本の家づくりはつまらなくなってしまうだろう。
住宅業界の良さは多種多様な存在が許されているというところにあると思う。建築基準法に則っていれば様々な提案ができる自由さが残っている。
大手住宅メーカーと個人の大工が同じテーブルで勝負できる可能性は少なからず残っているし、建築家や様々な新しい工夫を提案する個人が存在している世界でもある。それだけに玉石混合、詐欺師的な存在も紛れ込んでしまうという怖さは一方にあるが、こうしたにぎやかさの中から将来の良いものも生まれてくる。
これが資本のある大手だけしか存在しない、大量生産を前提とした家づくりしか残らない世界になってしまったとしたら、途端に家づくりの業界は色あせて魅力は失われてしまうだろう。
大手があり、地元工務店がいて、建築家も存在している、発明家もいる。そんな家づくりの世界は輝き続ける可能性がある。
私たち、もう40年近く「流れる空気の家づくり」を提案している。そういうことが続けられるこの業界は素敵だ。

 
テーマ:
地元工務店が発展していこうと望むなら、やってはいけないことがある。
その代表的な事が、「既製品の寄せ集め」だ。
リフォームにしても新築にしても、その工務店に何か特徴や魅力がなければ、受注できるはずもない。

かつてこの業界は伝統技術に裏打ちされた確固たる技術があり、家づくりとはこういうものだというしっかりとした足場があった。それに基づいて大工や左官職人など家づくりにかかわる職人は技術を磨き、まじめに仕事をこなしていけばそれなりにいい仕事はあった。
その様相が戦後ガラッと変わってしまった。
住宅の工業製品化が始まり、建材も手づくりではなく大量生産の世界になってしまった。
今でもなんだかんだと手を変え品を変え新製品がでている。
大工や左官を軸とした地元工務店もその渦に飲み込まれ、次第に伝統技術を失い、特徴のもてない存在に追いやられてきた。多くは大手の下請け的仕事や手間受け的職人にならざるを得なくなってしまった。
その結果、家づくりは住宅展示場に出展しているような大手や、営業センスの優れた経営者が率いる地元大手の工務店が主力となっている。
そうした状況の中で、本来の技術を引き継いでいる職人や心底いいい家づくりを願う地元工務店は隅に追いやられもんもんとしながらも打つ手もなく、下請けや手間仕事に甘んじてしまうしかない状況になっている。
もちろん、しっかりとがんばって自分の足で立っている地元工務店もたくさんある。
そうした工務店もややもすると、大手の真似、それは結果として既製品の寄せ集めて的家づくりになってしまっている所が多い。それでも何とか発展している所も少なからずあるが、よく見るとその成功の要素は経営者の「売るセンス」のよさにあるようだ。
売るためのアイデア、それに基づいた営業力、売ることに全力を掛けているのだろう、一見するととてもセンスがよくいい会社に見える。
とても素晴らしいことと思う。
その発展が長期に続いて欲しいと願うが、やがて大手に飲み込まれていくのだろうと危惧される一面もある。
営業センスが抜群の経営者が存在している間に、「寄せ集めて的家づくり」の技術から「本質的に一本筋の通った技術に裏打ちされて家づくり」に会社のあり方をスライドできるならば、一層人材も厚くなり、ぶれることのない家づくりの思想が評判となり定着し、地元に深く根付く工務店になりうる。
そんな代々続き発展していける地元工務店のあり方を模索している。同じような考え方をもつ工務店の方と話をしてみたい。楽しいでしょうね。