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新たな出発

新たな出発 

2008年9月、共著者の若林礼子が旅立った。

日帰り手術で済んだ初期の舌癌、それが、わずか一年半で逝ってしまった。後に出版された『やっと出会えた本物の家』のあとがきは、そして死は始まり。 

その後2年あまり、そのタイトル通りの人生を歩む結果となった。

個人としても激変したが、会社も大きく変化し生まれ変わった。それはまるで若林が自らの死を踏み台として、訓年続いてきたPAC(ピーエーシー)住宅を老化させることなく新しい再スタートを演出したかの如く、である。 

リーマンショックと重なった旅立ちは、会社の行く末に大きな暗雲を立ちこもらせた。

一品住宅と銘をうっていた当時の住宅は、その名の通り、一つひとつ手づくりの要素が多く、業界の中でも、質は高く価格も高い、と評判になるものであった。

それだけに当時の顧客は、リーマンショックでその資産を半分以下にしてしまった人々であった。多くは住宅を建築する資力を奪われ、会社も手をこまねいていては危機的状況に陥ってしまうことは目に見えていた。 

それゆえ会社もダイナミックな変化を迫られることとなった。

PAC住宅の原点は、流れる空気に触れさせる、そのための外張り断熱をベースに、健康でエコロジーな技術を常に先駆けてきた。 

その集大成が現在のPAC住宅であるが、ここでもう一度原点に戻って、流れる空気に触れさせる、外張り断熱の二点を軸に、仕様の見直し、そして、カタログやホームページをはじめとして、住宅建築に必要な資材の手配、職人の管理など全てを自社内で行っていたが、質を落とさず、より無駄を省くかたちでアウトソーシング化し、さらには仕入れの見直しなどを徹底的に図った。 

そのため会社も、エァサイクルハウジング株式会社し字して生まれ変わらせ、人員の見直しも大幅に図った。おかげさまでその後は非常に順調な展開が続いている。 

また、戸建住宅の全面改修、マンションのスケルトンリフォームなどの設計施工も新たにこれだけのダイナミックな改革は、やはり、前述した二つの巨大ショックに誘発されたものであることに間違いはない。 

少し話は変わるが、訓年を共にしたパートナーの死を経験して新たに感じたことを少し述べてみたい。 

健康と死は別のもの。異なる概念なのだということ。

少しわかりにくい表現になってしまったが、私たち二人は、この本にも書いているように住宅ばかりではなく、食べるものや洗剤など毎日の生活にもオーガニックで貫くことを徹底的にこだわった。 

食事などいわゆる自然療法の癌を治すためのものと結果一緒になっていた。よく冗談で、「私たちが癌になったら、もうやりようはないよね。」と会話をしていた。 

まさしく、その通りになってしまった。

ありとあらゆる手だてをつくしたが、わずか1年半でその命は燃え尽きた。

健康な生活で癌にもかからず長生きするはずではなかったのか。

加年以上にわたる無農薬、オーガニックな生活はなんだったのか。

むなしさにおおわれる日々であった。

しかし、ふっと気づく。

ほとんど苦しんでいなかった。

 

寝込んだのも最後の2カ月ほど。しかも自宅で。

それも安定した気持ちで、二人とも死ぬとは思っていなかったし、その恐怖感も全くもっていなかった。

逝ってしまった時も、私の腕の中で眠るように。

事実しばしのあいだ、ようやく寝てくれたな、としか思っていなかった。

 

二人の目標、その一つに「死ぬまで健康。」があった。

闘病生活1年半のうち、寝込んだのは2カ月。その前も自ら言わない限りは、他の人からは普通に見えていた。 

舌癌から首のリンパに転移したため、食事も話すことも不自由、呼吸もそうであったが、本人も介護する私にも悲壮感はまるでなかった。むしろ毎日を二人で楽しんですらいた。 

これはいったい何だったのだろう。 

健康とは、長生きを目的としたものではない。死ぬまで元気でいることとは思っていたが、癌で逝ったとはいえ、若林はそうした生き方を全うしたのではないか、そう気づかされた時から私の中に生きる希望と勇気がとめどもなく湧き上がってきた。 

これも向こうでの彼女の仕業と信じている、感謝の思いで一杯である。ありがとう。

 

この本が出されて13年の時が流れた。再版を機に改めて読み直してみたが、その時々の技術論で書かれたわけではなく、また家づくりの技術に関してさえ、人間が生きるうえでの本質に基づいている内容が多いためか、古臭くはなっていない。

一部言葉を置き換えたい所もあったが、執筆した当時の勢いを失わせない方が、文意が明快になると思い手を入れることは思いとどまった。 

人が健康に生きていく、そのための要素は数限りなくあるが、住まいが根源的ベースであることには間違いはないであろう。 

シックハウスや温熱環境のことをはじめとして、何にもまして家族という心理的に最も近くそれ故乗り越えなくてはいけないことも多い関係でおりなす暮らし、それを営む場所、それが家である。 

「家を買う。」という考え方と、「家をつくる。」という二つの考え方がある。どちらが、いい悪いという議論はする気はないが、一つひとつの家族は、似ているようで違う、その家族のために少しでも合った家、健康で快適、暮らし勝手がよくて、役に立つ家を求めるならば、買うタイプの家では、なかなかその目的に即すことは難しいであろう。 

家をつくる、その考え方の根底にあるものは、人とは違う賛沢な家を建てようということではない。あくまでも自分たち家族の暮らしや体質、好みに応じてということに他ならない。 

それは言葉を変えていえば、家づくりの主役は、家族なのだという当り前のことに落ち着く 

買う家では、到底、家族は主役になりえない、なにせ、お仕着せの器なのだから。だからといって、つくる家だから無条件に主役が約束されているわけではない。ここが、家づくりの難しい所でもある。 

詳しい統計があるのかどうかは知らないが、家を建てる人のほとんどは住宅展示場を訪れ、そしてまた、そのうちの大多数が、その住宅展示場に出店しているハウスメーカーで建築されてしまうケースが多いと思われる。 

理由は様々にあるであろう、テレビで宣伝をよく見る、会社が大きく安心だ、何よりも色々なことが決まっていてその中で選ぶといった感覚なので楽でいい、工期がとても短いなどがその代表的な例と思える。 

これらは、自分たち家族が家を建てるに当たって、主役になろうなんてことは、最初から放棄しているか、そんなことは頭にも浮かんでさえいないということか。 

そうした主役放棄も、それなりに立派な選択ではあるが、主役たらんと考えていても、その障害はいろいろと現れる。 

主役であろうとすると、住宅展示場からは離れなければいけなくなるが、まず、ここに大きな難関が待ち受けている。住宅展示場のなかにあるハウスメーカーは、よく知られた会社かもがほとんどで、規模も大きく、何か安心というイメージを醸し出しているが、いったん住宅展示場の外に出るとそうはいかない。 

名前も初めて聞くような会社ばかり、どのような仕事をしているのかも分かりにくい、会社も小さく業績も公表されてはいない、まるで住宅展示場という養殖の場から、荒波の大海に投げ出されたような感じを受ける人も数多い。 

そこで図書館から何冊、何十冊もの家づくりの本を借り出し読んではみたが、まるで180度違うことが書いてある、読めば読む程わからなくなるとは何度も聞いた。 

有名な設計事務所の先生の所に行けばと、頼みの綱と考え、行っては見たが、それはブランド品、自分たち家族が主役になる隙間すらなかった、後から後悔、それも実によく聞く言葉である。 

地元では、有名なゼネコンだからと思って頼んだが、実際は住宅には力は入っていなかった。評判のいい工務店だったのに、建った後は、アフターすらしてくれなかった。 

など、直接聞いた話だけでも枚挙にいとまがない。 

さらには、荒海の大海であるから、詐欺師すら生息している。さすがにこれほどの被害を直接聞いたのは、数すぐないが、実際に裁判が日常という会社すらあった。 

そうした難難辛苦を乗り越えて、ようやく、自分たち家族が主役となる家づくりを成功された方も多いが、実際には、ご縁というのか、直観力が優れている方というのか、ずいぶんとスムーズに出会い、主役を満喫され、納得のいく生活を送られている方もたくさんいらっしゃる。

 この本の後に、やはり若林と書いた本のタイトルが、『やっと出会えた本物の家』である。このタイトルは、実際の入居者の感想から頂いたものである。合わせてお読みいただければ、主役たらんとする家づくりに大いにお役に立てることは、間違いないと信じる。

 

2010年11月 田中慶明                        
book 「夫婦の生活実感でつくる家1997年発行 より