家づくりを通じて学ぶ
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家づくりを通じて学ぶ

あとがき 「夫婦の生活実感でつくる家」

家づくりを通じて学ぶ 

生きることは学びの連続です。さまざまな出来事の中で、人は成長もし、堕落もします。家づくりは、一生の中でも大きな出来事の一つですから、真筆に受け止めれば家づくりを通して学ぶことは多岐にわたります。 

せっかくの家づくりですから、家ばかりでなく自分の人間としての器を、大きくつくる学びの場としたいものです。 


家づくりを通じて、何が学べるかを考えてみましょう。


 自分を見つめる、自分自身を知る。

自分自身の姿、言動、心を常に見つめ続けることは、自分を高め人生を豊かな実りあるものにするために必須のことだと思います。自分自身が見えない、わからないことが、自己の成長を著しく妨げています。 

家づくりは、自分自身と家族一人ひとりを見つめ直す最大のチャンスです。朝起きてから夜寝るまでの家の中での行動、例えば、食事の内容やテーブルなのか座卓なのか、トイレの使用時間は重ならないか、子どもはどこで勉強をしているか、それぞれの趣味は、夫婦の寝室は一緒か別か、家具や食器などの生活道具は……。 

家族関係も含めた毎日の生活のあり方を精密に見つめなければ、間取りを実際の生活に即してつくったり、設備や素材を的確に選ぶことはできません。 

日常の生活は、案外、無意識的に何気なくされていますから、自分や家族の生活実態からかけ離れたプランをしてしまい、住みにくい思いをしている方は、珍しくありません。

失敗しない家づくりには、家族の生活実態をきちっと把握することが必要なのですが、これを機会にもう一歩突っ込んで、自分の心の中を見つめたり、家族の心理的関係をよく観察する眼の重要性を認識し、習慣化していけるようになれば、さらに豊かな生き方が約束されるでしょう。 

人生は関係と言えます。家族との関係、近隣や会社の人間との関係、社会との関係、ペットとの関係、自然との関係など無限の関係が存在します.その関係の中で、学びながら生きていくことが人生なのではないでしょうか。 

家づくりは、自分自身とその関係を深く静かに見つめていくことの重要さに目覚めるチャンスなのです。

  自分を見つめる。自分自身を知る。

中庸を知る。

生きていく上での極意の一つは、中庸だと思います。しかし、われわれの中庸は、つい、中途半端、どっちつかず、竜頭蛇尾、足して2で割る、妥協という言葉に示されるように、いい加減さやどうでもいいという態度になってしまいます。

中庸は、一方に偏ったり極端にならないで正しい道をいくことを教えているのでしょうが、なかなか何が中庸なのかは、わかりがたいところです。つい、極端から極端に走ったり、悩んで身動きのとれないことになりがちです。 

家づくりにおいても、中庸の心は大切になります。中庸は言葉を換えれば、物事を総合的にそして複合的にとらえて、バランスのとれた解決を計り、生きていくことと言えるのではないでしょうか。

 間取り、工法、窓、素材、設備、予算などすべてを加味して、健康な家づくりをすすめていくためには、まさしくこの中庸の心が求められます。

人生の極意である中庸の心を、家づくりをしながら学んでいくことを楽しみましょう。

 中庸を知る。無。

 無

人生無一物の無です。極意中の極意。無を会得することは、われわれ凡人には非常に困難なことです。人生が無であるなら、何で生きているのかわからなくなります。

しかし、欲望に限りのないことは実感できますし、欲望の泥沼に溺れることは避けたいと誰もが思うはずです。

この欲望が完全に捨てられれば、無の感覚が実感できるのかもしれませんが、せめて、家づくりにおいても、夢が膨らみすぎて、いつのまにか欲望にとらわれ、現実が見えなくなってしまったり、家族関係がぎくしゃくしてしまうということだけは避けたいものです。

欲望に振り回されない、求めすぎないは、家づくりにおいても人間関係においても、無に向かって生きる一里塚なのかもしれません。中庸も無も、本来自分の奥深くに存在しているはずです。それを見つけるためには、一瞬一瞬、自分自身を意識的にも無意識的にも、見つめ続けていく生き方が求められます。

家づくりが、自分の中にある本質的なもの、未知なるものの発見につながる道であることを願ってやみません。

1997年7月  田中慶明                                 

book 「夫婦の生活実感でつくる家1997年発行 より