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一つ屋根の下に暮らす やっと出会えた本物の家より

一つ屋根の下に住むということ

「我が家は母子家庭みたいなものよ、ほとんどパパは家にいないし…」、とは、若い頃の友人のぼやき。夜遅く疲れきって帰る、食事もそこそこに、パタン。たまの休日はといえば、エネルギー補充のためか、ただひたすら寝ている。そんな光景が目に浮かぶ。

新婚当時はもっと家庭に目を向けてよといった気持ちがあったのだろう。ただ子育てもひと段落といったあたりからは、かえって時間的ゆとりも持て、そんな毎日の生活を自分なりに楽しんでいるようでもある。

辛い時期もあったようだけれど、時間の経過ということ、事実を受け入れ、前向きにこころのコントロールができたおかげだと思う。そして乗り越えてみれば、考え方やこころの持ち方という面でかなりステップアップできたのではないだろうか。

今では彼女のご主人のような、仕事一筋の典型的なワーカーホリックの男性は少なくなってきている気がする。アメリカナイズされてきたせいかもしれないが、仕事以外の時間を家族との時間に充てる男性がまわりで増えている。

家族仲よく

仕事における女性の存在が確固たるものになりつつあり、男性が家庭に目を向け始めて、鶏が先か卵が先かではないけれど、どちらからともなく調和がとれてきているような気がする。

考えてみれば、男も女も、人間には向き不向きがあって、男だから、女だからといって何が得意かなんて決めつけられないと思う。女らしさ、男らしさ、女のくせに、男のくせにといった言葉のニュアンスも時代とともに移ろってきている。

昔から不思議に思っていたことに、女性が得意のはずの料理や、服飾の世界で、一流といわれる人に男性が多いことだ。職人芸といわれる細かい手作業などの世界はまさしく男性の天下。

これはヒントだ。こうした男性の特性を家庭のなかでも上手に引きだせたら、もっと調和のとれた生活ができると思う。確かに男性は掃除とか洗濯といった、積み上げのきかない、また創造性に乏しい、作業的な家事は苦手だ。反対に料理をはじめとして創造性の発揮できる家事は結構楽しんでやっている節がある。

そう考えれば、子どもの創造性には目を見張るものがあるのだし、子育てそのもののおもしろさを知ってしまったら男性の得意とするところかもしれない。ペットを家族の一員とし、子どもを育てるごとく面倒を見ている男性が結構いることも領ける・身近でも育児休暇をとっている男性や子育てをしっかりやっている主夫の存在が思い出される。

子どもの才能の開花

仕事も家事も、男女かかわらず、好きなことができて、そのことでまわりにいい影響をもたらすことができたらそれでいいじゃない、と思う。だから、家を新築してからはご主人ガーデニングに懲りだし余念がないなどの話を聞くと微笑ましくなってくるのである。

家事も家事労働といってしまうと何とも重い響きがあるけれど、完壁主義にならず、自分のペースで楽しみながらすすめていければそれなりにストレス解消になったりする。何でもそうだけれど、いやなことを我慢して続けていったりしたらろくなことはない。

一つ屋根の下に住むということ

人と人の良い関係は、相手の良さが引きだせたり、気づいてないことを気づかせてくれることにあると思う。何で一緒に暮らすの?寂しいから?それもあると思う。一人暮らしってそれなりに意思の強さが必要だと思う。

何故って、時にこころのコントロールを失って、冷静にものが見れなくなってしまうから。

そんな時、無理に感情を抑えられたりしないで、もちろん無視もされないで、正面から一緒に向き合ってくれる人が側にいたら、きっと気づくと思う。

それでいて一人でいたいこともある、という矛盾を抱えながら生きている、それが人間なのだろう。誰かと一緒に暮らすということは、ある意味の煩わしさや、たまにはいさかいもあるだろうし、そういったものが必ずつきまとうものだと思う。

家族は一つ屋根の下に

ただ人間をもっとも成長させてくれるのはやっぱり人間で、その反対にだめにさせてしまうパワーも人間だったりする。だからこそ人との関係から学んでいくことは膨大であり、また自分自身が人にもたらす影響もまたとても大きいんだとの自覚が必要なのだと思う。

感情のずれや理解の及ばないこと、そして言葉が通じないなんてことは、どんなに人から見て通じ合ってそうな人間関係においても日常的に起こっていることだ。

所詮そういうものだとの前提に立って、人を見てみると意外と向き合えるかもしれない。そして一つひとつお互いに乗り越えていくことが人間としての成長なんだと思い合えれば、素敵な生活者となり得るのではないだろうか。

そして一緒に暮らすということをつきつめていけば、「食べる」「寝る」といった人間の欲望の中で最低限ともにする行為にいきつく。寝食をともにした仲とか、一つ鍋をつついた関係などと、こころを許した関係を称する表現にも現れている。

「食べる」「寝る」このことを、家をつくる時のもっと大切なファクターとして話をすすめていきたい。


若林礼子  (2008.9に故人となりました。)
book 本質を暮らす贅沢な家 より