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本質を暮らす贅沢な家 若林礼子

はじめに 

尾山台の家に住み始めて2年を迎えようとしている。時間の経過とともに、つくづく賛沢な空間との思いが募る。この空間には、私たちの暮らしに合わせて何人もの職人さんたちが心を込めてつくってくれた世界にたった一つしかない物であふれている。

いわゆる豪華な設備や家具、大理石やきらきらした金物類などの高価な素材はどこにも見当たらない。本物の材料と、その本物の材料に愛着を持っている人のきらめく技量が息づいている。本質・本物をとことん追求していくとシンプルな、いわばお化粧の美しさではない素肌の美、内面からのゆたかさ美しさに出会える。

 

淡路島から漆喰を塗りに来てくれた植田さんをはじめとする職人さんの数々、空間に合わせて一つひとつ丁寧につくってくれた戸山家具の皆さん、天井も壁も質感のある漆喰、その中にアイアンのデザイナーが空間を引き締めるかのように手摺りや窓格子ですてきなアクセントを付けてくれた。

柱の一本一本、建具のつひとつ、床材、そして畳と、みんなつくってくれた人の顔が、思いがよぎる。

大工さんの技と、そして家を構築する一つひとつの材料がどこの誰の手によってつくりあげられたものなのかがわかる賛沢さ。機械で量産化された既製品と違って一つひとつの材料が表情ゆたかに個性を放つ。
家族と生きる
この家の住まい手となる男と女そして犬の「子どもたち」。こんなに素晴らしい住まいがつくれたのも、二人の生活がようやく本質に根ざした暮らしのできる時期というか関係に入ったからだと思う。


向き合って28年、出会った時はお互い家庭のある身、仕事のパートナーから全人生の伴侶へ至るにはかなりの葛藤があった。しかも仕事面でもまわりとの札喋は大きかった。同じ本質論を通すにも若い頃はあまりに下手だったとつくづく思う。

 

個人間の葛藤、そして仕事面では運命共同体としてまわりと戦ってきた歴史が今回の家づくりで一つ昇華できたような気がする。

すでに人生の折り返し地点を越えた男と女、二人の間にはかつての激しい精神的葛藤を乗り越えたさわやかな空気が心地良く流れている。

 

家づくりは、これからの20年・30年、あるいは40年、そして人生の終罵をどう迎えるか、お互い真剣に向き合うプロセスから始まると思う。大切なもの、お互いに感じる心地良さ、共通のビジュアルが描けて、初めてゆたかな住まいが実現できる。

最近は定年前後のご夫妻が第二の人生のスタートへ向け家づくりされるケースが増えている。団塊の世代が現役を去る時代ももうすぐ、これまで社会を支えていた中枢が世代交代の時期を迎える。
ピピ もも
常に競争原理の中で生きてきて、ゆったり暮らすとか、余暇を愉しむといったことに無縁だったご亭主族に、是非「本質を暮らす賛沢な家」ってどんな家なのか、著書から何かを読み取っていただけたらうれしい。

尾山台の静諦な空間は心を自由につつんでくれる。そしてこの空間に浸っていると不思議と感性が研ぎ澄まされてくる。自然の声を耳にしたり、言葉にならない心の声が伝わってくる。ここには我が親愛なるパートナーと、柴犬のピピともも、そして甲斐犬のカイがいる。この子たちが本当に気持ち良さそうに身を投出している姿に空間の質の高さを感じる。 

すてきな家族と伴に暮らす賛沢な空間の中で、きちんと死ぬことは大変、でも毎日をきちんと生きることはもっと大変、きちんと生きれればきっとすてきな最期を迎えられると、より本質に根ざした生をお互いに見つめている。

今回まえがきを書くにあたり、ひと通りすべての原稿に目を通した。今回の原稿は入居後からチョコチョコ書き溜めていた。状況をご理解いただくため、仕様の説明等多少だぶっている箇所や中には時間が経過している内容もある。

読み進めながら驚くにすぐには自分かパートナーかどちらの書いた原稿か判読できない章がいくつもあった。思えば出会いから加年、その3分の2近くを刻時間伴にしている。いつしか思考パターンまで似てきたようだ。そこには本質を生きる男と女の暮らしが見えた。

今回の出版にあたり、PAC住宅の入居者の方々が原稿を協力してくださった。「本質を暮らす賛沢な家」という一冊の著書にまとめあげられたのも、本質にこだわる建主さんとの出会いがあったからこそと、心から感謝している。

 2005年5月

若林礼子(2008年9月故人となりました。)

本質を暮らす贅沢な家 若林礼子 

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