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新潟県中越地震報告

新潟県中越地震報告

震源地の東9km地点で被災

新潟県Sさん、2003年建築

 

地震直後とその後の様子

地震の当日は私一人の在宅で、冬に備えてのストーブ用の薪収納小屋づくりをしていました。
18時直前になり、夕食の準備のため作業を終え、玄関の階段を1段上ろうとした瞬間でした。
地面から突き上げるような大きな縦揺れを感じるとともに、家全体がギシギシと音をたてて揺れ出しました。
縦揺れだったため近い所が震源だと直感し、家に入るのを止め、建物の高さをクリアする距離に離れて様子を見ることにしました。
その点、火も使用しておらず家族も不在だったため身軽でした。
3〜4分間隔で余震が3回続いた後、しばらく余震がないので家の中の様子を確かめるため家の中に入りました。
いつでも脱出できるように玄関の戸は開放したままです。

3階の私の机からはパソコンが床に落ち、書類が散乱している他は、天井からの落下物なし、倒れた家具なし、食器棚の前にどんぶりなど数点が落ちているだけでした。

夜に備えて、携帯ラジオ、懐中電灯、携帯電話と防寒着を持って屋外にh避難しました。その直後、大きな余震を感じました。

身体のバランスをとるため相撲でいう「しこを踏む」体勢が必要でした。自分の体感ではこの時の余震が一番大きかったと思います(18時34分頃、震度6強)。

余震は続いていましたが、家の安全を確かめたので、近所にいる一人住まいの老人や女性だけの家庭の安否確認に集落内をまわりました。
青年男子がいるグループには声をかけ安否を確認して、次の家に移動。
一人住まいの老人には玄関に行き「元気ですか?ケガはないですか?」と声をかけ安否を確認し、ラジオの情報を伝えたりしました。

中には破損したガラスで足にケガをした子どももいましたが、大ケガをした人がいなくて安心しました。

自宅近くの女性ばかりの家の前で、ラジオの情報を聞きながら、取材ヘリコプターが飛んでいる様子を見たりして過ごしましたが、段々と冷え込んできたので家から毛布、座布団、防寒着などを持ち出すようにお願いし、車の中で暖をとるなど、互いに協力しながら余震の早期収まりと震源地近くの被害の少ないことを祈っていました。

幸い当夜は月の光が明るく屋外に避難でき、かつ雨具が不要で助かりました。

わが家は震源地の東9kmの地点にあり、近くの震度計では10月27日に6強を記録していますが、当集落では家屋の倒壊等の大被害はありませんでした。

しかし瓦屋根の破損、柱のずれ、壁紙の破損、天井の蛍光灯の落下、食器棚やダンスの倒れた家が多くありました。

自宅の破損品は、どんぶり2個、ワイングラス2個と花瓶1個の5個だけで、落下・転倒の家具類は皆無という最小限の被害で済みました。

珪藻土壁の窓枠隅にヘァクラックが躯ヶ所生じましたが、構造物でないとの理由で、件数が多くても被災点数に及ばずとのことで、地震保険の対象外との判定でした。

ヘァクラックは数多くの余震(年末までの900回近い有感地震、うち震度3以上が血回)と、クラックからの空気侵入による乾燥が原因と考えられますが、地震復興に職人さんたちが大多忙であることと、生活には全く影響がないことから、春先になってから修復方法を含め検討することにしています。

 

実施して良かった点

 地盤改良と耐震構造
被害を最小限にできた大きな要因は、自宅の改築にあたり、地盤調査を行い、昔井戸を掘った付近が弱いことを確認し、改築面積全体を地盤改良し、地盤の強度を増し均一化したこと、耐震設計に基づいた構造とPAC工法を採用したことだと思います。
さらに、外見からはわからない壁内の構造変化を点検するため、PACの気密試験をお願いし、地震の影響を受けていないことを確認しました。

太陽光発電設備

地球温暖化防止の一助と老後の生活経費低減に設置した太陽光発電設備が、地震直後に発生した停電に役立ちました。

夜間は当然使えませんが翌朝から配線を太陽光エネルギーに切り替え、テレビ、冷蔵庫が使えました。

ラジオに比較して格段に多く情報を得ることができるテレビは有効でした。

冷蔵庫も庫内の食品が無駄にならず済んで良かったです。

電源が必要なFAX等の機能付きの電話機も、使用できました。

しかし被災地区への通話制限により、外部からの電話はあまりかかってきませんでした。

 

困ったこと

電話がなかなか通じなかったことが困りました。

前述のように多機能電話は停電で夜は使用不可。

携帯電話も地震直後は通じましたが、電話の集中による通話制限がかかったり、中継所の電波が徐々に弱くなり、自動車で近くに移動しましたが、これも段々と通じなくなりました。

勤務先への無事であることの連絡も、電話ではできず、横浜にいる娘経由で勤務先の電話番号と安全報告をメールし、伝言を頼みました。

携帯電話も万全ではなく、中継所の電源設備、中継ケーブル等の地震対策が必要なことを実感しました。

 

豪雪の状況

昨年の秋には、暖冬との予報が出たり、実際12月21日までは、暖かな日が続いていたので、正月は雪なしで迎えられるかもと話をしていましたが、22日には一転午後から降り出した初雪は消えずに根雪となってしまいました(通常初雪は消え、再び降っては消え、3回目に根雪となるのですが)。

特に1月7日から週日までの1週間は休みなく毎日20〜70㎝降り続き、積雪は200㎝を超えました。さらに、1月30日から寒明け後の6日まで連日降り続き一時知皿を超えてしまい4年ぶりの大豪雪となり、地震で被災した家屋で雪害のために倒壊した家も多く出ました。

自宅は高床式で、屋根は太陽光セルを付けた急傾斜屋根の自然落下方式、付属棟はボイラーで暖めた不凍液を屋根材の下を通して融雪しています。
周囲の家では、今年のような休みなしの降雪では、隔日に屋根に上って雪下ろし、翌日は下ろした雪を軒下から離す作業(部屋の灯かり確保と建物の保護のため)が必要であり、連日の除雪作業で皆さん疲労こんぱいしています。

雪国の人たちは、1日も早く春が来ることを待ち望んでいます。

本質を暮らす贅沢な家より


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